なすび(芸人)が結婚したのはいつ?現在はエベレストに挑戦?

顔の長さが特徴的ななすび(芸人)さん。エベレストに登頂成功していたり、高学歴だったり意外な顔を持つ芸人さんです。

今回は、なすびさんに嫁がいるというウワサの検証や電波少年での懸賞生活で学んだことなど、なすびさんに関する気になる話題を詳しく見ていきます。

なすび(芸人) に嫁がいる?結婚したのはいつ?

実はエイプリルフールのジョークだったようです。喜多方市に結婚式場がないことから、アイデア次第で挙式できることを発信しようと企画され、街中をパレードする企画だったようです。

結婚式企画で結婚式を行ったのですね。では現実ではどうなのかというと、なすびさんは結婚していません。もちろん、子供もいません。良い相手に巡り合えると良いですね。

 

なすび (芸人)の電波少年の懸賞生活とは?黒い噂って?

なすびさんが注目を集めるきっかけとなったのは、なんと言ってもバラエティ番組『進ぬ!電波少年』での企画『電波少年的懸賞生活』への出演ですよね。

当時、大学4年生だったなすびさんも、企画開始前に行われた『運だけが頼りの企画オーディション』を受け、他の参加者をはねのけて当たりくじを引き当てたそうです。

企画は1998年~1999年までの約1年3ヶ月もの間行われました。企画スタート後、なすびさんは周りとの一切の連絡を絶たれ、アパートの一室に監禁でもされているような状態で約1年3ヶ月もの間過ごしていたそうです。

ルールは『懸賞で当たったもののみで生活をする』だったので、非常食の乾パンなど、最低限のものしかない状態から懸賞生活は始まったのです。もちろん、衣服も与えられなかったので、しばらくは裸での生活が続きました。

日本と韓国に舞台を分けた2シーズン分が収録され、日本では100万円、韓国では日本に帰るための飛行機代81万6000ウォン分の懸賞品を当てるまで懸賞生活は続きました。

なすびさん本人は自分の生活が全国に放送されていることはその当時知らされていなかったようで、ひたすら懸賞品を当てるためにはがきを書きながら、自分でビデオ撮影をしたり、1日の終わりには必ず日記を書いたりしながら過ごしていたようです。

そんな訳で、いつの間にか有名人になっていたなすびさん。懸賞生活の日々を綴った書籍『懸賞日記』が発売されるとベストセラーになり、『世界で最も長く懸賞生活を続けた人』としてギネスブックにも掲載されるなど、一躍時の人となったのでした。

そんななすびさんが当時の様子を語っています。

懸賞生活といいながら“人間はどれだけ孤独に耐えられるか”という企画だったんですね。

のちに本で読んだら、中世のヨーロッパには死刑よりも重い刑があって、それは罪人を狭い部屋に閉じ込めて単純作業を繰り返させる、それで人間は自然に精神がおかしくなる、そういう刑なんですね。まあ、僕はそんな刑罰をやらされてたんですよ」

「テレビ業界でも世間にしても僕に求めるイメージと実際の僕とがかけ離れていることに気づいたんです。僕は本当のことを言うと、ハガキを書きながら何度も自殺を考えたくらい本当につらかった。

僕が人間って怖いなと思ったのは、僕の過酷なあの生活を、世の中の人たちは笑って見ていたということ。もちろんバラエティー番組だから、テロップもついて、効果音も入れられて、楽しげに見えてしまうんでしょう。

潜在的な恐怖を感じました。それも洗脳に近いですよね。笑えない状況なのに笑ってしまう、という」

人の不幸は蜜の味ともよく言いますが、テレビの向こうで行われている事だけに、なかなか当事者の気持ちを察するのは難しいかもしれませんね。

世の中には自分の虚像のほうが定着してしまっていた。そこで彼は、自分のやりたいことを見つめ直してみた。

「よくよく考えてみたら目指していたのは喜劇役者だった。それが本当に僕がやりたいことだったと、いろんな失敗を繰り返しながら思っていきました。そして活動の場を舞台に移すようになったのです」

懸賞をもう1回やるくらいならエベレストに100回登る!」と言い切るほど、トラウマになっていたなすびさんですが、なんと20年ぶりに懸賞に挑戦されたようです。

2018年11月12日(月)『10万円でできるかな』の2度目となるゴールデンSPでは、サンドウィッチマン&キスマイ、そして『進ぬ!電波少年』(1998〜2002年放送)の人気企画「電波少年的懸賞生活」で、1998年より1年3カ月にわたって懸賞に応募し続けてきた芸人・なすびがSPゲストとして懸賞に挑戦。当選した賞品の合計金額の高さを競って、再び奇跡を目指す。

今回の出演も最初はやはり断ったそうですが、トラウマ克服の出来事があり、そのおかげで出演出来たようです。

 

今何してる?現在の画像は?登頂に成功?福島のため?

なすびさんは、福島復興を願ってエベレスト登山に挑んできた。2013年の初挑戦は天候悪化により、残り標高100メートル地点で下山。2014年は雪崩事故で断念し、2015年はネパール大地震で被災した。

そして2016年5月19日、4度目の挑戦で見事に日本芸能人初のエベレスト登頂に成功しました。

なんと、なすびさんはエベレスト登頂に挑戦していました!元々登山が趣味なのではなく、福島復興の応援のためだそうです。

なすびは、’05年から’10年の5年間、福島県内のローカルテレビ局で、土曜夕方の30分の旅番組のレポーターを務めた。

「福島の各市町村を全部、回りました。そこで、福島県内のみなさんに本当によくしてもらった。そのうちに福島出身という自覚が生まれて、何か福島に恩返ししたいなと思うようになりました」

もともと言うと登山全くの未経験だったんですけれども、福島県出身なので、やはり2011年の東日本大震災を踏まえて、いろんなボランティア活動をやったり、地元、それから東北に恩返しと思っていろいろやってたんですけれど、やはりこう、お金とかモノだけじゃない復興支援の形っていうのもあるんじゃないか、と」

何か福島出身の私自身が頑張ることで福島の人が元気になったり、勇気とか笑顔を届けられたらいいなという思いを持って、あえてやったことのないことを。ほとんど不可能への挑戦ですね。

むしろその苦手分野に挑戦することで、登山全く未経験のなすびがエベレストに登れたら、私たちも頑張ってみようとか、こんなことに新しく挑戦してもいいんじゃないのかなって思ってもらえたらなっていう。

誰も成しえないだろうと思う事に挑戦する事で、福島の人たちに勇気を与えようとしたなすびさん。なすびさんの姿勢を見ている人たちは、きっと前を向く活力が湧いてきたはずです。

 

なすび(芸人)のエベレスト登頂費用はクラウドファンディング?

やっと2016年にエベレスト登頂に成功したなすびさんですが、募金で集めたその金額が凄い。

それもそのはずで、エベレストは入山料だけでも単独なら250万円7人グループで約700万円とされており、富士山の入山料の任意で1,000円と比べても圧倒的に高額です。

貯金や借金だけでは足りず、最終的にクラウドファンディングでお金を集めたそうです。

エベレストは入山費用として200万~300万円をネパール政府に支払う必要がある。旅費、経費、さらにシェルパ、ポーターなど諸々含めると1000万円はかかる。なすびは、そのための資金提供を求め、いろんなところに働きかけた。そして、自分でも大きな借金を抱えて、エベレスト登頂に挑んだのだ

このとき、なすびを助けた意外な人物がいた。

あの『電波少年』のT氏だった。なすびは当時を振り返る。

「Tさんは、こんなことを言いました。“最初はエベレスト登頂を目指すことがなぜ福島のためになるのか、理解できなかったけど、なすび君が懸賞生活で1枚1枚ハガキを書いて当選賞品100万円を目指してやってきた地道な努力と、エベレストの頂上目指して一歩また一歩踏み出していくこと、それは何かリンクするものがあるかもしれない”と言ってくれたんです」

そして、「なすびがこんな活動をやってます」という応援する番組を「ニコ生」でやってくれたのだ。そのおかげもあって最終日の24時間で200万円以上の支援が集まり、目標額の600万円を大きく超える支援金となった。

「Tさんのほうから手を差しのべてくれたのが、うれしかったですね。“過去の電波少年で悪いことをしたな。若い芸人にいろんな無茶をさせてしまったことを今は悔いてる”ともおっしゃってました。

“あのころの自分は面白い番組を作る、視聴率を取りにいく、そこに特化してしまっていて、人として、もしかしたらおかしなことになっていたかも。今は贖罪の思いすらある”とも」

何年も経って、昔の辛い経験が、ようやく実を結んだ瞬間だったのではないでしょうか。人生は長く、山あり谷あり。どこでどう経験が生かされるかは分からないものですね。

 

なすび(芸人)エベレストで死亡寸前だった?

4月25日、現地時間11時56分。ネパール大地震発生。それは恐怖の体験だった。

「僕らはベースキャンプにいたのですが、“逃げろ!”の声でテント群の一角にあったくぼみに逃げ込みました。そこにものすごい爆風が襲ってきた。

近藤さんが“口をおさえろ!”と叫んでいました。あとで聞いたのですが、雪崩に襲われて口から凍った空気が入ると肺が凍って死んでしまうんです。

いま思うとあのときの一瞬の判断で生き残れたんだと思います。幸い僕が入っていた登山隊には人的被害はなかったのですが、テントはめちゃくちゃだった」

福島復興のために挑んだエベレストで、大地震に見舞われるとはなんて皮肉でしょうか。ネパール史上最悪規模の地震だったそうです。九死に一生を得たなすびさんを見ていた登山隊の人は、人間的にすごく成長していると感じたそうです。

 

なすび (芸人) は色んな芸能人に似てる?

EXILEの小林直己さん

お笑い芸人ワッキーさん

カメラマン渡部陽一さん

プロサッカー選手 吉田麻也さん

俳優 大泉洋さん

ざっと挙げただけでこれだけの人物と、なすびさんは似ているのではないかとネット上ではいわれています。雰囲気は似てるような気がしますが、あの特徴的な顔に関してはやはり誰も及ばないように思えます。

 

なすび (芸人) 顔の長さは30cm?

なすびさんの顔の長さは30cmもあるそうです。2リットルのペットボトルぐらいの大きさです。日本人男性の顔の長さの平均が約24cmだそうです。6cmも長い事になりますね。

この顔は一度見たら忘れられないですね。芸能人としてキャラを立たせるには、これくらいインパクトがないと覚えてもらえませんよね。いいモノをもっているのではないでしょうか。

 

なすび(芸人)の本名は?

なすびさんの本名は浜津智明(はまつ ともあき)さんと言います。福島県出身だけあって、浜の文字が印象的ですね。

 

なすび (芸人) の身長は何cm?

顔が大きいなすびさんですが、身長は180cmだそうです。身長もやはり高いですね。

 

なすび(芸人) の年収は?

テレビにはそれほど出ていないので、よく『どうやってメシ食ってるの?』なんて言われますが、贅沢もしていないので、なんとか食べていけていますよ」

テレビに出ていた時に比べれば収入は激減したと思われますが、現在は講演会などの仕事もあるようですし、もしかするとサラリーマンよりは稼いでいるかもしれませんね。おそらく全盛期の年収は2000万、現在の年収は300-600万程度ではないでしょうか。

テレビタレント時代に比べれば、確かに年収は激減しているように思えますが、平均450万円なら普通の年収だと思います。

 

なすび(芸人)の出身大学はどこ?

なすびさんは福島県立福島東高等学校、専修大学法学部を卒業しています。

専修大学は東京都千代田区にある私立大学で、偏差値は50です。

懸賞生活開始当時は専修大学法学部の4年生だったが、企画参加のため留年せざるを得なくなったしかし、担当教授がたまたまテレビでなすびの懸賞生活を目にし、休学扱いにしてくれたため企画終了後に改めて通い直し卒業したという。

教授の太っ腹な対応で事なきを得たようです。完全に社会との関りを遮断されていた訳ですから、なすびさんとしては、この対応に安心したのではないでしょうか。なにはともあれ、卒業出来て良かったですよね。

⇒高学歴お笑い芸能人一覧はこちら

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)