堺雅人の大学や学部はどこ?大学時代に俳優を目指して中退?

「半沢直樹」での「倍返しだ!」が有名な堺雅人さん。

今回は、堺雅人さんが高学歴だとのウワサを聞き、どこの大学出身なのか。大学時代や高校時代のエピソードと共に見ていきたいと思います。

堺雅人の出身大学や学部はどこ?高学歴なの?

堺雅人さんは早稲田大学第一文学部出身です。早稲田大学は私立大学のトップで、平均偏差値は65とかなり高い大学です。東大・京大には及ばずとも誰もが認める高学歴の方ですね。

今でこそ、泣く子も黙る「堺雅人」さんですが、極貧生活を経験した事もあるそうです。

バイトしないで食べていけるようになったのは30歳になってから」と語った堺は、貧しい生活を経験したことを明かした。それでも「野菜は食べなきゃ」という強迫観念から、道端に咲いているタンポポを食べていた時期もあったという。

高学歴だから将来は安泰、というわけではないようです。特に堺雅人さんの場合は、ずっと通産省の官僚を目指して勉強していたそうですし、それがなぜ極貧生活や俳優業に繋がったのでしょうか。

 

堺雅人は国立大学希望だったが、数学が「0点」で不合格!?

堺雅人さんは、元々は国立大学(東京大学)が第一志望だったそうです。

しかし、国立大学(東京大学)の入試を受けましたが、その時の数学のテストが0点だったそうです。堺雅人さんは、小学校の時習う算数の「通分」につまずいてから、数学嫌いになった。とコメントしていました。

数学の証明の問題が、全く分からないので短歌を何首か書いたそうです。短歌は試験中の心境を答案用紙に綴った。験の解答とゆうよりも、入学の嘆願書になったそうですよ。

結局、受験科目に数学と理科がない早稲田大学を「記念受験」(学力以上の大学を記念として受ける事)し、早稲田大学第一文学部に合格しました。

早稲田大学第一文学部ですが、偏差値は67.5~70.5ですが、そもそも入試自体が難しい大学です。

第一志望は東大でしたが、滑り止めのつもりが滑り止めにもならず(センターの結果を利用とはいえ、国語英語は早稲田が出す問題を解くので)、一文とは別に、「滑り止め」を視野に入れていたくらいです。とにかく国語が難しかった記憶があります。

東京大学とまではいかないけれど、受験合格するのにはかなり努力が必要な大学だという事だと思います。

そして、堺雅人さんは2015年4月12日に放送された「おしゃれイズム」の中で、ある障害を持っていることを明かしていました。コンビニの釣り銭を間違えたり、右左の判別が出来なかったりするのだそうです。

「それはゲルストマン症候群かもしれませんね」と話すのは、総合診療科を持つ大阪の「上本町わたなべクリニック」の渡邊章範先生。

「神経学者のヨーゼフ・ゲルストマンが発見した病気ですが、症状としては、人によって程度の差がありますが、左右がわからない、計算が苦手などの症状があります。脳内に病変が存在することによって起こると考えられている神経疾患です」

ゲルストマン症候群の主な症状は4つ。

失書 : 自発的に字を書くことも書き取りもできない。
失算 : 暗算も筆算もできない。
手指失認 : 指定された指を示せない。
左右失認 : 左右がわからない。

仮にゲルストマン症候群だったとしても、その程度は軽いのではないでしょうか。失書・手指失認には当てはまりませんしね。こんな症状に悩まされていても、そんな事は表に見せず、俳優として一流の仕事をされる堺雅人さんは俳優の鏡ですね。

 

早稲田大学時代に俳優になるために中退した?

カリキュラムに縛られる高校生時代に、「誰にも縛られずに自分を表現できる場所」として選んだのが、「演劇研究会」でした。お芝居の楽しさに魅了されていくも、夢は官僚

しかし、堺さんはお芝居の魅力に取りつかれていきます。

授業には出ずに、毎日毎日演劇部に通い続けました。そして両親には一切相談せず、演技に集中するために大学3年の時、事後承諾で早稲田大学を中退

両親とはそれをきっかけに絶縁状態となり、それは2000年のNHK朝ドラ「オードリー」に出演するまでの約4年の間、続いていたといいます。

絶縁状態だったご両親は、俳優として成功した息子を見て、ようやく絶縁状態が解けたのだそうですよ。今となっては堺雅人の名前と顔は、誰もが知る状態になりましたよね。ご両親も息子の選択を認めるのには、それだけ時間が必要だったんでしょうね。

 

堺雅人が「早稲田のプリンス」と呼ばれた若い頃の画像が見たい?

早稲田大学へ入学した堺雅人さんは、演劇の道へ入る事にはかなり悩んだそうです。将来的にも堅く子供の頃からの夢である、安定の官僚を目指すこととを天秤にかけて、「演劇研究会」に入る事を選びました。

早稲田に育ててもらった。今の堺雅人の大部分は早稲田時代に培ったもの

思い切って名門の早稲田「演劇研究会」に入り、1992年には劇団「東京オレンジ」の旗揚げに参加します。劇団では看板俳優として活躍。当時の人気が伺い知れる写真もあります。現在も名誉団員なんだそうですよ。

当時から変わらぬ演技力を誇る堺雅人さん。当時は「早稲田のプリンス」と呼ばれていました。人気もすごく2000人もの女性ファンを集客したという伝説を持っているほどです。

また、アカペラグループのゴスペラーズは大学時代の先輩なのだです。発声練習など同じ場所でやっていたそうで、おそらく今でも交流があるのではないでしょうか。

 

 

堺雅人は中学・高校時代も高学歴だった?

堺雅人さんは宮崎県宮崎市出身です。中学・高校ともに高偏差値の学校を卒業しています。それは、人の役に立ちたいと願って、通産省の官僚を目指していたからに他なりません。

中学は当時宮崎県トップの国立宮崎大学教育学部付属中学校へ中学受験を受けて入学しています。この学校は中高一貫校のため、そのまま内部進学出来たはずですが、高校は進学校である宮崎県立宮崎南高等学校へ進学します。どうやら運動は苦手だったようで、演劇部に入部していたそうです。

はじめて芝居の世界に触れたのは高校1年の時だった。 運動があまり好きではなかった彼は、顧問の先生や上級生がいばってないという理由で 演劇部に入部。

朝補習の「ゼロ時間」から8時間目まである授業の鬱憤を晴らすかのよ うに部活にのめり込んだ。 

しかし、高校時代にはまだ俳優になる気持ちは無く、あくまでも国立大学から官僚になることを目指していたようです。大学受験で国立大学に全て不合格になってしまった事で、官僚になる夢は断念したそうです。

堺さんに取って、大学受験は大きな転機になった”事件”だったのですね。

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