渡哲也の活躍は嫁のおかげ!?息子は鹿島建設の従業員?

渡哲也さんは、1965年にポスト「高橋英樹」として「期待の新星」として俳優デビューします。

 

1965年3月に「あばれ騎士道」で宍戸錠さんとのW主演でデビューし、同作品で、エランドール賞新人賞を受賞。吉永小百合さんとの初共演映画の『愛と死の記録』で第17回ブルーリボン賞新人賞を獲得。

 

特に、「西部警察」では主演した大門刑事役はハマり役になり、人気を博します。2005年には紫綬褒章を受章されています。

 

今回は、そんな芸能界になくてはならない大物俳優・渡哲也さんの嫁と息子、そして弟についてフォーカスしてみます。

渡哲也の嫁はどんな人?


引用元:bing画像

 

渡哲也さんと結婚されたのは一般人の女性です。名前は判明していて、石川俊子さんという方です。

 

青山学院大学時代からの同級生であり、在学中から交際をしていたそうです。渡哲也さんが先輩、俊子さんが1学年下の後輩という間柄になるようです。「糟糠の妻」ということですね。

 

交際期間8年を経て、1971年3月にハワイで2人だけの挙式を挙げて、結婚されています。当時、渡哲也さんが30歳、俊子さんは29歳だったそうです。

 

当時、すでにスター街道を走り始めていた渡哲也さん。吉永小百合さんとの交際報道が出ていても、ずっと渡哲也さんを思い続けていた一途な女性です。

 

俊子さんの人柄が分かる、あるエピソードがあります。

 

2015年7月17日に、渡哲也さんが6月10日から7月11日まで、急性心筋梗塞で緊急入院していたことが発表されました。石原裕次郎さんの法要に姿を現さなかったことで判明したようです。

 

この時渡哲也さんの異変に俊子さんがすぐに気が付き、病院へ連れて行ったことですぐにカテーテル治療を受ける事が出来て、一命をとりとめることが出来たのだそうです。

 

1ヵ月間の入院生活でしたが、ずっと泊まり込みで看病されていたようです。こうして渡哲也さんが入院するのは初めてのことではなく、渡哲也さんは何度も大きな病気を患っています。

 

その中でも1991年に直腸がんが発見された時には、人工肛門になることを伝えなくてはなりませんでした。「主人に嘘は付けない」とはっきり告げたそうです。

 

渡哲也さんはそんな俊子さんの覚悟を汲んでなのか、この手術で「オストメイト」になったことを公表しています。俊子さんは、忍耐力と決断力のある素敵な女性であるようです。

 

2015年の心筋梗塞を患って以来、めっきり渡哲也さんの姿を見かけなくなりましたが、現在も俊子さんと共に2人三脚でリハビリをしている最中だといわれています。

 

渡哲也は吉永小百合と結婚寸前の仲だった?

 

渡哲也さんは、1966年に公開された映画「愛と死の記録」で共演した女優・吉永小百合さんと交際がウワサされていたことがあります

 

今でも美しい吉永小百合さんですが、当時はさらに美しい女性であったはずで、さすがの渡哲也さんも吉永小百合さんの魅力に参ってしまったようです。

 

渡哲也さんは、吉永小百合さんの実家へ直接会いに行っていたようなのですが、そこでは吉永小百合さんの両親が待ち構えていて、なかなか会わせてもらえなかったそうです。

 

吉永小百合さんは、「渡哲也さんと結婚したい」と両親に伝えていました

 

プライベートでデートしようとすれば、両親から代わりに「今日はいけません」とキャンセルが入るなど、吉永小百合さんの両親は、2人の交際に大反対だったのです。

 

渡哲也さんの方は、お酒が入ると「なぜ俺のところに飛び込んできてくれないんだ」と電話して「両親のことなど気にせず自分と結婚してほしい」と迫っていたようです。

 

2年に及んだスター俳優と女優の恋でしたが、結局、吉永小百合さんは両親を説得することは出来ませんでした

 

そのため、吉永小百合さんは渡哲也さんに「あなたと結婚は出来ない」と伝え、別れを選びます

 

その後、渡哲也さんは俊子さんと結婚。

 

吉永小百合さんは、渡哲也さんの結婚の報告を聞いた時、「悔いがある」と泣いて後悔の言葉を話していたそうです。

 

つまり、2人は本気の大恋愛だったはずです。

 

後悔するくらいに惚れ込んだ男性であるなら、なんとしてでも思いを貫けば良かったのではないか、とも思います。

 

ですが、吉永小百合さんが15歳上のテレビプロデューサー・岡田太郎さんと結婚していることを考えると、当時の2人の周りには両親以外にも事務所やその他の大きな力が動いていたはずで、個人の感情だけでは結婚は出来なかったのかもしれませんね・・。

 

渡哲也の息子の職場はゼネコン大手・鹿島建設!?

 

渡哲也さんと俊子さんの間には1人、息子がいます。

 

一部情報では、大学を出た後にゼネコンの建設会社の従業員として働いているようです。

 

信ぴょう性は薄い情報ですが、アメフトやラグビーなどガッシリ系の体育系男子であるそうで、父親とは全く違う道を選んだ事は間違いないようですね。

 

ゼネコンの建設会社ということで、ネット上では建設会社の大手である「鹿島建設」が有力視されているようですが、信ぴょう性のある情報ではありません。

 

2014年に渡哲也さんと俊子さんが住む自宅をリフォームした時の工事は、息子さんが施工管理を行っていたようです。

 

息子さんは一緒には住んでおらず、仮住まいの家を建て替えて住んでいるようですが、結婚されてはいないようで、現在は一人暮らしであるようです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.